えるばブログ

精神的に楽になって生きやすくなった理由を書くブログ

人助けは自分に余裕があったらでいい

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はじめまして、えるばと言います。


僕は「人助けをする」ことをモチベーションにして、勉強や仕事を頑張っていきました。


ただどんなに頑張って、手助けしたても「結局自分が損しているな」「人助けしているのに、苦しい」という状態になり、自分を破綻させて、適応障害にまでなりました。

それは、僕のやっていた「人助け」は自己犠牲だったからです。
昔は気づかなかったですが、自己犠牲は「人助け」ではありません。

でも、人を助けるというのは人間関係を築く上で大切です。
そのために「人助け」に対する考え方を改めることにしました。

考えを改めて行動していくことは自分にとってはかなり怖かったのですが、やってみたら、より良い人間関係を築けて、生きるのがだいぶ楽になりました。

 

■自分に出来ない「人助け」はしない

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僕がやってしまっていたような「損してしまう」「苦しくなる」ような人助けは、「自分に出来ないことをしている」。

まずはこれを辞めます。


例えば、

自分の仕事よりほかの人の仕事を優先する
苦手なことでも頼まれたから引き受けてしまう


全部できることじゃんと思うかもしれませんが、あくまで「出来るように無理している」だけなので、「出来ること」とは違います。

出来ないこと=自分のキャパシティ以上のことです。
そして、キャパシティとは、自分の能力、時間、必要性のないもののことです。



では、なぜ「自分に出来ないこと」をしてしまったのか、それは人間関係をつなぎとめておくためです。

僕は人間関係をつなぎとめておくためには、相手に奉仕しないと思っていました。



その手段として、「自分に出来ないこと」をしてしまう理由は、自分を低く見積もっているからです。

人助けしないと捨てられるけど、等身大の自分では足りないから、無理をして自分にはないことで補おうとしてました。

たぶん、こういうのが自己犠牲というんです。



数年前、僕のバイト先に警察官を目指す先輩がいました。
その先輩になんで警察官を目指しているんですか?と聞いたところ、「人助けしたい、人助けをして死にたい」という返事が返ってきました。


この先輩の話や、例で挙げたような話を見て、人のために何かして素晴らしいじゃんと思うかもしれませんが、人助けと言っているのに、自分という「人」が助けられていません。

そういった奉仕は、いつか身を滅ぼしますし、ちゃんとした人であれば、自己犠牲をして助けられたらむしろ罪悪感を残してしまい、お互いに不利益です。

なので、

Q 人助けしても、「損をする」「苦しくなる」

A 自分に出来ないことをしない

 

それがお互いのためになります

 

■出来ること=余ったもの

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自分に出来るないことしないとなると、その反対で、自分に出来ることをするが本来の人助けなんじゃないかと思います

では、自分に出来ることとは何か?



それは、自分自身に必要な分以外の余ったもののことです

今はあまりないかもしれませんが、作りすぎたおかずをご近所におすそ分けするという光景があります

このとき、余ったものをあげると

置かずに困っていたご近所さんにとって嬉しいことです


このように、出来ることとはプレイできることではなく、人に分け与えられるぐらい余っているものを言います


もし、おかずをご近所への奉仕のために自分とは関係なくつくったらそれは「出来ないこと」をしていることになります。

あくまで余ったことを利用することが、本来の人助けです。



では余りをつくるにはどうすればいいかというと、自分の能力を磨いていくことです。


能力を磨いていけば、
人に教えたり、使ったりして人の役に立つことが出来ます。

また、能力を磨いて、スピードや効率が上がれば、時間があまり、今まで出来なかったことも、自分を犠牲にせずに出来るようになります。


余り=人より出来ること
だと考えておけばいいです。
人よりできて初めて、人の役に立つことが出来ます。



ここで良く聞く勘違いとして、能力=プロレベルというものがありますが、そこまでしないと能力にならないということではありません。

例えば小学2年生が、小学1年生に足し算を教えるみたいに少しだけ先に始めたとしても、それは既に出来ることになります。

あくまで基準は、人(自分の周り)より少しでも出来ることです。


そう考えると、僕にもなにか出来そうな気がしてきます。

■対価を受けとる

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人助けをするということは、どんなに小さなことでも、価値になることをやってます
なので、対価を要求する権利があります。

人助けに損得入れないという意見がありますが、僕は反対で、仮にビジネスでなくとも、対価は受け取るべきと考えます

なぜなら、「人助け」は本来なら自分とは関係ないことをすることだからです。
そのとき自分は時間というコストを支払うのに、相手はコストを支払わないのはおかしいです。

 

対価を受け取らない理由として、信頼関係がなくなるからということが挙げられますが、お金を払ったとしても、お金を払いたい商品はあります。
そしてその会社の新商品が出ても買います。

それって信頼しているからではないでしょうか?



対価と言っても、別にお金じゃなくてもいいです。

自分の苦手な部分を他の人に頼むにやってもらうとか、バイトや仕事であれば代わりにやってもらうとか、とにかく無償でやらないようにしましょう。



もしも、対価をもらうのは申し訳ないと思ったら、感覚が麻痺して自分を低く見積もっている証拠なので、自分の価値を認識するためにも、ちゃんと対価をもらってください。

対価を払ってもらうことで、自分の価値を正常に認識して、自信を取り戻すことに繋がります。



また、今まで無償でやっていたことを、対価をもらってやるとなったとき怖いのは人間関係にひびが入る事だと思います。

今まで利用できた人がそうでなくなったことを良く思わない人なので、勝手に離れていくし、自分から離れるきっかけになります。

こういった関係もお互い若しくは一方のためになりません。


もし、無償でやりたいなら、それでもびくともしないぐらい余裕ができてからにしましょう。

 

まとめると

対価をもらっても信頼関係は崩れない
なので、自分の価値にはちゃんと対価を要求する

 

■出来ることと出来ないことを決める

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出来ることと出来ないことを区別し、出来ないことはしないと決意することが大事です。

 
出来ることが考え付かないときは、出来ないことだけでいいです。
長いこと出来ないことで人助けをしてきた人は自分のできることへ意識を向けることが難しいと思います。

筋肉と一緒で、今は動かないので少しずつ鍛えていけばいいです。


そして、自分の把握しても、出来ないことを続けてしまったら、元のまま変わりません。
なので出来ないことはしないと決意して、本当にしないことが大事です。



もし、なかなかできなければ、出来ないことの中の一つだけに絞って初めて見てください。

自分のペースで大丈夫です。


もし自分一人で考えるが難しかったら、専門のコーチの方に頼るのもいいと思います。

■出来ない人助けを辞めましょう

僕もそうだったのですが、まずは「自分が損をしている」「苦しい」ということに気づくこと、その認識なら一度人助けを辞めましょう

まずは自分に必要な分を満たすこと、そして、能力を磨く。
そこで余ったものを、「人助け」に使いましょう

今損をして、将来返ってくるかどうかよりも、今の自分が100倍大事です

 

■知識・能力・経験がなくてもできること

自分にはスキルもないと思い方は、仏教に無財の七施という教えがあるので参考にしてみてください

何も持っていなくてもできる人助けの手段です

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