えるばブログ

自立するためにすべきこと、静かなライフスタイルについて

自立の妨げになる優しい罪悪感を手放す方法

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「自分を変えたい」
「人との接し方を変えてみよう」

せっかく自発的に何かを変えていこうと思っても、変えることで誰かを傷つけてしまうのではないかと考えて、なかなか行動できなかったり、結局変えずにいてしまうことがあります

その原因は罪悪感にあるかもしれません

特に人を傷つけないようにと考えてきた優しい人は特に自分の言動で人を傷つけてしまうことに罪悪感を持ってしまいがちです

ですが、この罪悪感を乗り越えることに成功すれば自分らしく生きること、人とより良い関係を築くことで結果的には今よりも良い環境をを自分の手で作っていくことができます

そこで人一倍罪悪感を感じやすい人が過剰な罪悪感に対してどのように向き合えばいいのか、どうすれば罪悪感を抱かなくて済むのかを紹介します

また罪悪感を抱かせて自分を支配しようとしてくる人が現実には存在するのでそういう人たちから身を守るためと自分がそうならないようにするための方法も書いていきます

 

 

Wikipediaによると

罪悪感とは

罪悪感とは

罪悪感(ざいあくかん)(guilt)とは、罪を犯した、悪いことをした、と思う気持ちのことである

Wikipediaより引用

と記載されていますが、この罪や悪いことというのは何のことでしょうか

一般的には法律や宗教上の協議で罪と定められているもののことを指します

交通ルールや物を盗むなど法律にやってはいけないと書かれていることをやることに僕たちは罪悪感を抱きますし、日本人は無宗教と言われることもありますが、お葬式や仏様の扱いについて適切な対応を取らなかったときに罪悪感を抱きます

また法律や宗教上の協議のように明文化されて罰する人が決まっていなくても、慣習として残っているもの、一般的に良いとされているものに反すると特に日本人は罪悪感を抱きます

一般に良いとされるもの、つまりは道徳的なものは、大多数の人が「~するといい」「~してはいけない」「~すべき」と思うものが教育を通して浸透しているもので、法律や宗教のように明文化されていなくても不特定の誰かが罰してくることがあります

これら法律、宗教、道徳が罪悪感における罪になっていると考えられます

ですが罪は罰があるからこそ効果があり、明文されているならば罰の内容も決まっていますので、自分が罪を犯したとしてもその償いは罰という形で出来るはずです

にもかかわらず僕たちが罪悪感を抱いていてしまうのはなぜか

そこで次にWikipediaの後半の部分にある「気持ち」という言葉に注目します

気持ちとは自分の頭の中の言葉や感覚です

気持ちは今までに教育を通して親や先生、友人を通して教えられた法律や宗教上の決まり、道徳の影響を受けて、最終的には自分で決定したものです

「~してはいけない」「~するべき」というのは周りの声を聴いて、自分が確かにそうだな、そうした方がいいなと思ってルールを決めてきた結果が今の気持ちです

つまり罪悪感を抱かせる気持ちとは過去に自分が周りの影響を受けて決めた自分のルールということになります

したがって罪悪感とは法律、宗教、道徳の影響を受けて自分で決めたルールに反した場合に生じる罪と言えます

ただそのルールを決定したのが自分でも、自分の主張とは違う場合があり、そのせいで結果的に自分を苦しめるという問題があります

 

罪悪感が自分を苦しめる

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罪悪感を抱くことは決して悪いことだけではありません

罪悪感がなければ、人は平気で法を破ったり、本当に倫理に反した行動を自分の都合のみで行うようになるでしょう

問題は自分で自分の首を絞めるような行き過ぎた罪悪感を抱居てしまう人が現実にいるということです

では行き過ぎた罪悪感とは何かというと、自分に厳しいルールを課してそれに反してしまったり、守ることができないことに対する罪悪感です

「~しなければならない」「~すべき」というルールに反することを罪と認識して、出来ない自分をダメな奴だと罰してしまっているいるのです

ではなぜ自分が苦しくなるほど厳しいルールを自ら課してしまうのか

それは「謙虚でなければいけない」「人には優しくしないといけない」「優秀でなければいけない」「努力しなければいけない」など求められていることをすべて遂行することが厳しいルールを遂行していないと人に認めてもらえなかったからです

親でも友達でも誰かに自分のことを認めてもらうには彼らが求めるような自分になる必要があり、そのために自分に高い基準を設けてそれを遂行していくことしかないと考えているのです

そういう思考になってしまうのは、成長過程でその人自身ではなくて、結果が出た自分や努力している自分だけが認められてありのままの自分では認めてもらえないんだなという考えに至ったからです

高いルールを課して自分を鍛えようとしてむしろ凄いことだと思われるかもしれないし、実際に凄いことなのですが、問題はそのルールに自分の意思がほとんど介在していないことにあります

このような人が自分に科しているルールは基本的には一般的に良いとされていたり、誰かにとって都合がいいようにつくられたルールであり、過去のものでもあります

そして自分に厳しいルールは他人を基準としてが言っていたルールをそのまま適応して今に至っているということです

なぜ過去のルールを今も守っているかというとそのルールを遂行することによって少なくともその場では誰かに認められる結果なったという成功体験をしたからです

ですが、それは他人のルールの中なので他人が求めたものであればまたどんな厳しいルールでも守ってしまうという繰り返しで苦しさのループは永遠に続きますし、他人に都合のいいルールに縛られているままでは精神的な自立ができません

そして厳しいルールを自ら手放さない限り罪悪感により苦しさがなくなることはありません

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罪悪感を手放す方法

では罪悪感を手放すにはどうすればいいのでしょうか

罪悪感とは悪いと思う気持ちなので、罪の意識を感じないようにすることで罪悪感を手放すことができます

そのためには罪悪感を抱かないでというのではなく罪悪を抱かせる自分で決めたルールに目を向ける必要があります

具体的にはそのルールを一度手放してしまい、そのルールを守らなくても大丈夫だということを認識できればいいです

対人関係のルールの場合は、信頼できる友人や同僚や上司とルールなしでコミュニケーションをとってみてください

生活習慣の場合は続けてきた習慣を一度辞めてみてください

今まで厳しすぎるルールを課していて気づかなかったかもしれませんが、そこまで厳しくなくてもコミュニケーションや生活に支障をきたすことはありません

その感覚が大事で、許されないと思っていたものが実は許されるということを知って、自分自身を許してあげてください

自分が罪だと思っていたことを罪でなくすことが罪悪感を手放す方法です

そして緩めすぎたなと思ったら、自分の感覚と意思に従って自分で納得のいく無理のないルールを新たに設けて遂行してみてください

そうすることで適度な習慣と思考を徐々に手に入れることができます

今までかたくなに守ったものを手放したからといってすぐに罪悪感がなくなるわけではなく、最初はいつも通り罪悪感を抱きます

僕ももともと毎日仕事をしていたのですが、思い切って休んでみたら仕事をしていない時間がもったいなくて申し訳ないという気持ちになって苦しかったですが、定期的に休むようにして徐々に罪悪感を抱かなくなっていきました 

 

まとめ

罪悪感を感じるのは自分で決めたルールに反しているからなんですが、そのルールは自分を確立する前に他者の影響を受けた、自分でない誰かに都合がいいルールであるため時に自分を苦しめてしまいます

また、そのような人は同時にそのルールを忠実に遂行するためより厳しいルールを自分に課してしまいがちです

その他人の影響を受けたルールを再検討して自分に合ったものに変えていくこと、厳しルールを緩くしていくことが罪悪感を手放す方法です

変えることは誰にとっても苦しいことですが、その先に新しい可能性が生まれて、人間関係、仕事、日常生活に波及していきます