えるばブログ

自立するためにすべきこと、静かなライフスタイルについて

自分のことを誰かに話すのが怖いをなくすためにやれること【自己開示】

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自分のことを人に話せないのは、過去に自己開示したことで苦い思いや、恥ずかしい体験をしたからかもしれないです

 

自分でも自分の好きなことや意見を言うことが大事なことはわかっているのですが、その過去の経験のせいで自己開示することができずに人と信頼関係を築いていくことに苦労します

 

とはいっても、自己開示することは人と信頼関係を築くうえで大事になってくることが心理学の世界で言われており、実生活でそれを感じます

 

そこで、怖い自己開示を少しずつできるようになって自分に自信をもって人と接するには過去の経験と向き合う必要が出てきます

 

話した量と質と同じものが返ってこないとがっかりされる

そもそも自己開示とは「自分のプライベートな情報を相手に脚色することなく伝えること」で、自己開示を適切に行うことで信頼関係を築いていくことができます

 

プライベートのことを話してもらえると、大事に思われていると感じて、信頼しやすくなり、自分のことも話したくなりますよね

 

そして適切な自己開示とは、「相手のプライベートを引き出すことができている」自己開示です

 

お互いに公にしていない情報を知りあうことで信頼を築くことができます

 

逆に、自己開示が適切にできていないと、不信感や不安を相手に与えることになり、人間関係が壊れる原因になります

 

さらに適切な自己開示に必要なのが、量と質です

 

相手が開示してくれたことに対して自分の開示した情報が少ないと相手はがっかりしてこれ以上深い話はしなくていいかなという考えに至ります

 

相手が「休日はよく映画を見ていて、特にこの映画が好き」と開示してくれたのに、自分は「休日は特に何もしていないですね」って答えると開示している量と質に差が出てしまい、以降の話すのをやめてしまうかもしれまん

 

逆に自分の情報が多すぎると、自分のことしか話さない人で、自分の話はどうせ聞いてもらえないと思われて、以降相手から離してくれる機会が少なくなります

 

このように、適切な自己開示をするには、相手と自己開示の量と質を合わせていかなければいけません

 

では、自分の話が多くなってしまうのはともかく、なぜ自己開示ができなかったり、情報が少なくなってしまうのでしょうか

 

それは、過去に自己開示したことによって良くない経験をしたからだと思います

 

例えば、自分の好きなことを話したら、ださいとかキモイと言われてしまったとか、自分の意見を言ったら馬鹿にされたとかです

 

その経験が今の自己開示できないという悩みに繋がって、自分を苦しめているのではないでしょうか

 

でもどうすれば、苦しさから解放されるのでしょうか

 

過去と今を差別化することで「経験」じゃなく「体験」に変える

自己開示できないという状態がもたらす弊害なんなのか

 

1つは個の形成ができないということ

 

自己開示は、自分の個性を自他にアピールするものだと考えます

 

アピールすることで、自分はこういう人間だということで自信につなげたり、他者からのアプローチを受けることができて、より自分に合った環境をつくっていくことができます

 

ですが、自己開示をしていかないと自分に合った環境が作れず、個人として周りから見られることがなく、他者にとって都合の良い人間になってしまいます

 

さらに、自己開示をしていないということは自分を隠して相手に、嘘をついていということになります

 

人間は自分と相手を同じだと思い込む性質があるので、自分が隠しているということは、相手も何か隠していると思い込んで、自分は相手を信頼できず、相手も肝心なことを話してくれない自分を信頼しないという悪循環になります

 

なにより、何かを隠しているのって、頭の片隅にずっとそのことを気に掛けながら生活しているということになるので、疲れやすくなるし、ストレスの原因にもなります

 

自分の弱みを隠すのではなく、さらけ出すことで楽になって、人生が楽しくなったっていうことをよく聞きますが、それは隠すというストレスから解放されることによっておこるのだと思います

 

 

このような弊害を避けるために自己開示は必要になってきますが、先ほども話した通りできない原因は過去の経験にあります

 

その経験に対して解釈を変えることで解決を図る方法をよく見ますが、当時の感覚は消えないと考えているので、あまり好きではありません

 

そこで、過去の経験を事実として、受け入れつつ、当時のことと今を切り離して考えるというやり方が有効だと考えます

 

当時の苦い経験がなぜ起こったのか考えると、自分と環境があっていなかったのではないかと思います

 

例えば、アニメ好きだけど、学校でそのことを開示すると、オタクだと言われて避けられたり、キモイと言われるかもしれません

 

ですがもし、当時の環境が自分に合っていたらどうでしょうか

 

アニメ好きがあたり前の環境ではそんなことは言われず、苦い経験にはなりませんよね(僕はキモイと言われるのが怖くて、学生時代、アニメ好きを誰にも話せませんでした)

 

ですが、自己開示できない人は今自分に合った環境にいたとしても、当時の経験から自己開示することを怖がってしまうことがあります

 

そこで、当時と今を比較して、違いを認識して今は安全・安心なんだと心から思い、過去の経験を、現在とは切り離す作業が必要になります

 

例えば、話す相手

 

学生時代であれば、話す相手は同級生で、人を傷つけるかもしれない想像力に掛けていたのかもしれないし、学校という地域だけで区分された集団なんだから、趣味嗜好が違って当然です

 

一方今は自分の好きなことをするために入った集団であり、自分の趣味嗜好に理解がある人しかいないし、大人なので人を傷つけるようなことはめったに言わない

 

というふうに、当時と現在では状況や人、環境が全然違うことを認識して、話すことのハードルを下げてみてください

 

自分に合った環境で自己開示を繰り返していき、うまくいけば自己開示することへの自信が育まれて、自分のことを話すことに対する苦手意識が薄れてきたり、自分が開示できるので、以前よりも他者と深い関係を築いていくことができます

 

僕は、経験が過去から良くも悪くも学ぶこと、体験をその時限定のものという考えから、この方法を「経験から体験にする」と呼んでいます

 

しない方が良い自己開示

自己開示は確かに重要なのですが、中には自己開示をすることで逆に人からの信頼がどんどんなくなっていく自己開示があります

 

よく失敗体験を話すことで共感してもらって、信頼を得るという方法を目にしますが、これは失敗を自分の失敗として完全に受け入れて、この時の学びを活かして今頑張っているという場合には良いと思います

 

ですがたまに、失敗体験を他者のせいにして、あくまで自分は正しかったけど、この人がこういう風にやったから失敗したんだというふうに語る人がいます

 

全然自分で消化しきれてないこのような自己開示は個人的には好きではありません

 

また、努力を押し付けるための失敗体験の自己開示、自慢話のための失敗体験の自己開示、相手をコントロールするために自分の失敗体験を話す自己開示も好きではありません

 

特に、信頼関係のできていな状況でのこれらの自己開示は相手との信頼関係を築くよりも相手を不快にさせる効果の方が大きいと思います

 

心理的リアクタンスという言葉があります

 

これは、自由を奪われそうになると、本能的に拒絶するという心理学的な反応のことなのですが、人をコントロールしようとする自己開示をすると、まさに本能的に拒絶されます

 

そうすると信頼を築くどころか、人はどんどん離れていってしまいます

 

なので、自己開示、特に失敗体験の場合は自分で消化しきれていているものにする方が受け入れやすいです

 

まとめ

自己開示をすることは他者との信頼関係を築いていくうえで重要です

 

そして、自己開示は相手がプライベートを開示しやすいように自分のことを開示することで、そのためには情報の量と質を相手に合わせる必要があります

 

ですが、過去の経験から自己開示ができなかったり、プライベートを脚色してしまって相手よりも少ない情報になってしまったりして、信頼関係を築くことに苦労して、悩んでいる人もいるかと思います

 

そのようなときは、その苦い経験と今を比較して、当時と今は違うということを認識して「経験を体験に変える」という手段が有効です

 

また、失敗の自己開示をする際は、自慢になったり、相手の行動をコントロールすることが目的になったりすると逆に信頼を失いますので注意してください

 

逆にこのように自己開示する人に注意して、やばいと思ったら離れられると時分自身の幸せにはつながります